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ヴィンテージ化させる意味とはなにか     2011.03.04



木製楽器には、まことしやかに良いと囁かれている楽器があります。


やはり、それはオールドやヴィンテージと呼ばれる楽器なのです。
「とにかく音楽的である」「鳴りが凄い」など、状態にもよるとは思いますが
おおよそどの楽器ジャンルでも重宝されているという現状が見て取れますね。


特定の限られたジャンルでのみ騒がれている物なのであれば、そういうものと割り切った考え方もできると思うのですが、木製楽器はほとんどのジャンルにおいてヴィンテージやオールドという楽器の存在を、レベルの高い音が出るモノと捕らえているようです。


もちろん、それにはそれ相応の理由があります。


シルドも発足当初からこの分野について、ありとあらゆる方法を考察、実験し試して参りましたが、今現在では一応の結果とが出たと考えています。
音響的にも、このヴィンテージという状態の木が出す音は面白い結果を見せてくれる物なのです。過去のものでもそうでしたし、現在も進行しているプロジェクトにおいて
ここからフィードバック可能な理論なども大変に多いものです。


では、どうして木製楽器はオールドやヴィンテージが良いといった
そのような意見が多いのでしょうか?


考えられる事を少しまとめてみましょう。


これについては色んなご意見がありますし、もっとも多角的な意見があっても良いのだとは思いますが、おおよそこのようなトピックスに分けられるのではないでしょうか?



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【当時は鳴りの良い木材が豊富にあった。】
これは疑いようの無い事実でしょう。
輸出規制のかかるハカランダや、最近ではホンジュラスマホガニーなども少なくなってきましたね。そもそも森林資源の少なくなった現在においては、例えばハカランダで尚且つ鳴りの良いものという括りで探すこと自体が贅沢であり、あまり現実的では無くなってきていますよね(笑)
金に糸目は付けないと言うのであれば、可能かもしれません・・・


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【今とは作りが違う。】
昔から現在に至るまで作られているモデルというものが、まず存在します。
マーチンのD28などもそうでしょう。
仮にモデル名が一緒であれば、作りも昔と変わらないモノなのでしょうか?
これについては、そもそも木材という個体差の激しい素材を使った工業製品である楽器において考えるならば、鳴りはそれぞれ異なるというのが普通ですし、本来その個体差に合わせて各所を微調整する必要のあるものが木製楽器です。
素材が良ければ多少ラフな作りでもよく鳴りますが、鳴り難いものを調整で追い込む方が難しいものです。

工業製品はどの世界でもそうですが、一定の基準を満たした物が製品として流通します。そして工場の都合での仕様変更や作業人員の異動などでクオリティが変わる事は良くある話です。

では、作り自体は向上したのでしょうか?後退したのでしょうか?
これは残念ながら一くくりにはできないほど推移していると感じます。
良い時代もあれば悪い時代もあると感じますし、世の中の音楽動向に合わせて仕様変更したギターも存在するからです。
しかし、鳴りの良いヴィンテージの作りを詳細に研究し、それらを踏襲したハイエンドギターを製造するメーカーも今はいくつも出現しています。今の技術で黄金期とされる頃のサウンドを獲得しようとする試みも始まっています。
アコギですと戦前モノに大変人気がありますが、その頃と現在の工作技術の差は歴然としており、切削マシーンが自動で、しかも極めて正確に加工を行う様を見る限りでは、決して加工技術が後退したとは思えないのです。
加工品質も一定にできますし、何年もかけて育成する職人が要らなくなってきているというのが現状です。
工作レベル自体は確実に向上しているはずだと考えています。
むしろ、数を作ることが優先される現在においてはそもそも良質な木材が少ないだけでなく長い間シーズニングする事は難しく、ゆっくりと材を寝かせないうちに強制的な乾燥を施され製品化されていると言えるのではないでしょうか。
製造するのに必ず必要である木材の質が落ちるという事の方が、品質低下に繋がりやすいと言えるのかもしれません。


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【乾燥して木が鳴り易くなっている。】
ここを大変重要視している方も多いのではないでしょうか?
確かに木材は高度なテクノロジーで作られた人口素材にも勝るほどの良質な音響素材ですが、含有水分の状態によって、強度などの特性がコロコロ変わる扱いにくい素材です。
木材における良好な性能獲得の大部分は、水分を如何にコントロールするか?という事に集約されると考えてもいいくらい、水分との係わり合いが深いのです。

大まかには乾燥させるという事になりますが、乾燥した木材は強固に繊維が結びつく事で狂いにくくなり、音の伝達が水分で阻害されないため音を良く伝えます。
水分を豊富に含んだ木とカラカラに乾いた木では、強度に雲泥の違いがあるのです。
そのために絶対的に乾燥が必要な素材であり、本来は自然乾燥が良いのですが、これには従来大変長い年月を必要とするため、乾燥炉を用いて強制熱乾燥を行うのが今日では当然とされています。

しかし面白い物で、この木材という物はただ乾燥させるだけではダメなのです。
乾燥時点で例え湿度2〜3%といった環境で乾燥させたものであっても、炉から出したとたんに一定の水準まで吸湿し始めます。実際
”乾燥させるだけ”ならば、さして難しい事ではないのですが、木材は急激な湿度変化にもろいという側面を持っているので、適切に管理しなければとたんにバキッっと音を立てて割れてしまいます。
本来、木材の乾燥とは時間も金も技術も必要な物なのです。
しかしながら現在一般的にこういった管理された方法であったとしても、乾燥後に吸湿してしまうため、ネックの反りや変形に対する強度なども低下します。

このため、倉庫で数十年保管していた木材や古い家具などを解体して製作するという方法も聞いた事があります。
また、数年寝かせて乾燥させた素材としては一般的な材を使い、トップやブリッジを新しく張り替えたために、鳴りが大きくランクダウンしたという話も聞きますが、頷ける話です。そもそも大事なトップ周りの木が乾燥しきっておらず、軟化しているのですね。
やはり強度が高く水分に影響されにくくなった安定的な状態を作り出せる乾燥でなければなりません。細胞が強く結びついた長期間の自然乾燥と似た状態を、いかに得るかにかかっているのではないでしょうか。
それが恐らく究極の音響木材でしょう。


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【長い年月の間に、鳴らし込まれるため。】

生楽器ですと、同じモデルでも鳴りの違う個体と遭遇する事もあると思います。
個体差や調整が違うなど、いろんな要素が考えられますが、使われ方でも音の違いは出ると感じています。
例えば、同じギターでもストリートで掻き鳴らしているギターと、部屋で静かにフィンガーピッキングしている方のギターは同じモデルとは思えないような鳴りがしていた・・・という事がありました。
俗に言う鳴らし込みですね。
また、同じモデルでも製造から2年くらいの物と6年くらい経過した物ではかなり鳴りの良さが違っていると感じた事もあります。
他にはエクリシオからA社の弦に変えたところ、ハイフレットで鳴っていた気持ちよい響きが無くなり、3日でエクリシオに戻したが、その響きは失われたままで、1週間くらいでその響きが戻ってきた・・・というご報告を受けた事があります。
これも一種の鳴らし込みと言えるかもしれません。
弦もそうですが、鳴らし方で楽器の鳴りが変わるという事は意外にも良くあることなのかもしれませんね。


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以上が良く言われている項目ではないかと思いますが、
見渡してみると赤のトピックスはとても昔の様に戻す事が出来ないために
現状としては緑のトピックスを突き詰める道を選択した。
むしろ今出来るのは、限りある資源を現在の工作技術で作り、鳴らしこむ。
そうせざるをえなかった・・・
というのが近年の動向ではないかと感じます。
むしろ、明らかに素材のレベルが落ちてきている事が重要な問題で、
銘器と呼ばれる遺産のような楽器とは全体的な成り立ち自体がもはや違うのです。



さて、作りの技術力は向上した。鳴らし込みも可能である。
とすれば今ある素材を出来る限り最高の状態へと昇華させる事のできる
乾燥だけがネックであると言えそうですね。



ここからは若干データ的なものをお見せして説明して行こうと思います。



ドライエージング(細結晶定着型複合乾燥法)


これはシルド内にて考案した乾燥方法のため、他では行っていない乾燥法です。
先の説明にて乾燥について少しご説明していましたが、
その最大の功績はサウンドの変化にあるとシルドでは考えています。
鈍い反応だった木材が透明感を増し、生き生きと鳴り出す様をこれまで幾度となく目の当たりにしてきました。
ドライエージングによる乾燥自体は地道な物であり、適切な管理のもと数種類の工程を施すことで可能となります。
薬剤浸透による強化などもありますが、木の細胞そのものにダメージを与える可能性のある方法は長期間で見た場合の耐久性に不安が残るという事もあって、そういったもの以外のナチュラルな乾燥に近い方法という事で開発されました。



ちなみに、乾燥した木材を使う事での楽器的メリットはこのようになります。



@反応速度の向上
A木部での振動ロスの低下
B強度向上による狂いにくさの向上



反応速度の向上は乾燥される事で向上する特性です。
水分を吐き出す事でその分軽量化され、より小さな力でも振動しやすい状態が得られます。また、乾燥状態では木材内での振動損失が低下するため、空気感などに関係する細かい音を殺さずにアウトプットする傾向にあると言えるでしょう。
また、強度が向上する事でネックやトップ板などの変形に強くなるという事も見逃せません。
おしなべて強度の高い木材は芯のあるサウンドを出すのも特徴です。


実際にドライエージング処理が確立してから数年が経ちましたが、初期の一枚板のエボニーを処理、未処理状態で試験サンプルとして保管しています。処理済みのエボニーは数年たった現在でも強度は落ちておらず、ノコギリでの切断で未処理よりも「硬い」と実感できるほどの強度を有しています。硬化処理が抜けない(定着させる)。これもドライエイド法の特徴です。


では、音的にはどのような事が起こっているのでしょうか。



  通常乾燥による分布データ



これが通常木材から採取した周波数特性です。
細かく波打っており高域に若干ピークが見て取れますが、特に音響的に良好な特性という部分はあまり見当たりません。



  ドライエージングによる分布データ



こちらが同条件下におけるドライエイド処理後の波形です。
一変して大きな特徴が現れました。
まず、より音量が出ていますが、ただ出ているだけではなく規則的な立ち上がり方をしているのが特徴です。
この波形は瞬間的な打音のデータですが、非常に弦振動と似た倍音を持っており、ただの打音であるにも関わらず、音程として成立してしまうようなトーンであると見て取れます。
驚く事に、これ自体がもう既に楽器と言えるような特性を持っています。
これを見てしまうと、通常乾燥では弦振動の倍音に濁りといった、ある種のフィルターが加えられていると言えるのかもしれません。(音が抜けないや、音が小さいなど)
音は周波数分布のみで語れるほど簡単な物ではないのですが、一要素として重要だと感じるパラメーターです。


ドライエイド木材の音は聴感上、面ではなく点で揃っているのが特徴です。
ヴィンテージに良く見られる傾向と言えるでしょう。
また、市販の音源でも迫力があって透明感のある音源等は総じて音が点で揃っている場合が多いです。(感覚的なものですが)


ご感想でも暴れにくい、整理された倍音、高級なギターに似たサウンドなどのご報告を頂きますが、まさしくデータ通りの傾向と言えるでしょう。


やはり良い音のする生楽器というのは、
良い素材がまずあって、適切な作りを施されたものであるという、
なんら疑いようの無い普遍的な結論に行き着くと、シミジミと感じています。


今日における製造技術は高いレベルにあると思います。
今は昔に比べ、機材などもとても便利な物が安価になった時代なのです。
楽器をクリエイトするのに現在足りない物、それは良質な素材なのかもしれません。



(ドライエイドは全ての木製楽器素材に有効と思われます。木材処理のご要望がございましたら、メールフォームよりお問い合わせ下さい)



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