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硬化処理ブリッジピン  2008.4.27


今回は木材の方で行った過去の実験を紹介してみます。
経年変化による木材硬化とはどういった結果を産むのでしょうか。その答えを確認するには製造から長期間経過した楽器や木材を調査するという方法が最も簡単で、同じ機種で新旧のものを弾き比べるとある程度その違いが分かりますね。
板材の状態ではなく既に楽器になってさえいれば、ある程度数を弾いてみる事でレスポンスや音程音質に違いが出る事が分かってきます。


もともと木という素材は含有水分量をある程度一定に保ち極端に乾燥しないように”生物的な防衛機能”として呼吸しているものなのですが、こと楽器材というものの観点から見るとこういった性質は”材が動く原因にもなる”ので、何年も寝かせて狂いにくくなった材を使用するのが最も木に負担がかからずに安定する方法として知られています。
ある意味楽器に使う材料としては非常に困った側面を持っているのも木です。
とにかく寸法が狂いやすく、古い木材のように安定させるのにとにかく時間がかかります。
古い木材というのは例えるならば乾物のような状態にあり、干し柿や高野豆腐のように乾燥収縮を起こして硬化した状態で振動ロスが少なくなっているものと言えます。


ちなみに・・・ですが

高野豆腐(凍み豆腐)の由来

俗に高野山で製造される凍り豆腐が、精進料理の一つとして全国に広まったものとされるが、実際には、東北地方にも凍み豆腐(しみどうふ)と呼ばれる同じ製法の保存食がある。中国にも同様の食品があるので中国より伝来した可能性も高い。寒さの厳しい地方では、場所に限らず偶然の産物として発見され、普遍的に生産されてきた食品と見られる。


製造法
最も伝統のある製法では、硬く水切りした豆腐を適当な大きさに切り、寒中の屋外に放置する。夜間は凍結し、日中に溶けることを繰り返すうちに完全に水分が抜け乾物となる。水分が凍るとき内部に無数の氷の結晶が出来るので、溶ける際にその部分が小さな穴として残る。こうして、スポンジ状の多孔質な高野豆腐ができあがる。甲信越、東北、北海道、および高野山での古い作り方とされる。

高野山でも古くは上記の伝統製法で作っていたが、時代が下るに従い製法に工夫が施され独自の製法が確立されていった。夜間に凍結した豆腐が日中に溶けてしまわないように、専用の氷室に入れて数日間熟成させ、その後に解凍し乾燥させる。乾燥法も初めは天日干しだったが、後には乾燥用の室の中で炭などを焚き強制的に乾燥させる方法が広まった。

現在は冷凍機で凍結し、乾燥機で乾燥する機械製法がほとんどである。

(斜体部Wikipedia調べ)


シルドでも楽器に適した材を得るために様々な方法を試して来ましたが、それぞれに一長一短があり、ある程度の設備を必要とする大掛かりなものも少なくは無かったものです。
乾燥させても後で一定の状態に戻ってしまう乾燥、強度を増すための薬品処理は強度は出てもその後の木材細胞に与えるダメージが未知数で、文献による解説では寿命を早めてしまう事が示唆されているなどなど。
木の場合なかなか一筋縄ではいかないものです。(^^;
試験材料がダメになるのは実験では当たり前、材料の時は「いけるかもしれない」と思った方法でデータ採取の為に楽器を処理し、ネックを全く使い物にならない程ダメにしてしまった事もあります。
単なる熱乾燥では乾燥直後は良くても時間が経つと戻ってしまう・・・という事実はとても意外でした。


しかしそれらの中でも面白いと思った乾燥方法があります。
某研究所と地元の企業で共同開発されたもので地場産業として既に実用化されており、含水率を1桁台で安定させるというかなり乾燥レベルの高い処理を受けたサンプル材を今回テストしてみました。


これがそのシダーサンプルですが、通常乾燥材とは明らかに異なり、一見して分かるほどに深みのある褐色をしています。
知り合いが開発者から直々に頂いた貴重なサンプルですが、快く数点譲って頂きました。

楽器に使えるようなグレードではないですが、特性判断サンプルとしてはこれで必要十分でしょう。



持ってみるとかなり軽いと感じますが、
乾ききっているためか曲げても
手ごたえがしっかりしています。
少しアップして見てみると
きれいな光沢がありますね。


密閉空間において混合ガスを充満させ高温乾燥させるという事でしたので、実際はかなり大掛かりな装置での処理となるようです。
事の発端は数百年以上も古い遺跡の木造建築材が腐る事無く実用強度を確保していたところに端を発した技術ですね。経年耐久性は高いと考えて良さそうです。


さて、肝心の音はどうでしょうか。
内部損失が少ないからか反応速度が高い印象で、タップがヒットしてから余韻に移りますが、アタックで発生した高音が多く出るため明るい音で抜けが良いですね。
「コンコン」というよりは「カンカン」という響きに近く、知っているシダーの音とはかなり違います。
これは軽くタップするとレンジの広い音がします。
楽器材としては良い傾向の音ではないでしょうか。乾燥した古材と似ていますね。
これはかなり良好なデータが得られるかもしれません。


そういった特性であれば、ボディやネックで試してみたくなりますが、今回真っ先に試してみたのがエボニーのブリッジピンです。

弦を直接受け止める部分ですので、ここの特性は素直に音へ現れやすく、交換しやすいのでこれを乾燥させてみます。
最悪調整に失敗してもこの部分は消耗品として割り切れる部分でもあります。


初期の値は3.9gとなりました。

ブリッジピンとしてはこのままでも軽量な部類に入りますね。このままギターに使用した感じではタスクに比べ高域が大人しく軽く温もりのある低音が得られました。

この後4〜5日くらいの期間をかけて乾燥させてみる事にします。

どのようになって戻って来るでしょうか。

・・・・


まずは開始時の重量計測です。


さていきなりですが、処理からピンが上がってきました。
処理後は0.2gの重量低下が見られます。見た目はもともと黒いという事もあって違いが分かりません。
たった0.2g?
そう皆さんは思われるでしょうか。
これは予想以上に大きな数字で、3.9g中の0.2gは約5%分に相当する値です。
例えば2.4kgのギターがあったとして、仮に金属パーツなどを除いた木だけの値が2kgとしましょうか。
その5%というのはこの場合実に100gという値にもなります。

1次処理後の計測


では1次処理に加えて今まで蓄積してきた方法で更にじっくり乾燥させました。
処理後は0.1gの重量低下が見られます。
これで7.7%という重量割合の水分が抜けた事になり、2kgのギターの重量で換算すると154gの重量低下が見られたのと同じ事となります。

経験的にですが、木材に複数の乾燥方法を組み合わせる事が良い結果を生む事が分かりました。
これは大収穫でしょう。
(ここまで乾燥させるのに数週間・・・かなり実験コストもかかりましたが、同レベルの乾燥に数十年待ちながら材を選べないよりはマシです)

2次処理後の計測


軽ければ反応速度が速くなりますから、それまでよりも材に与えられた振動モードに対して一気に反応し、弦の振動に忠実な動きをするパーツとなりえます。
しかもそれだけではなく、この数%分の重量減がもたらす木材強度の増加は、それまで支えきれず材自体が吸収してしまっていた周波数を忠実に伝えるようになりますから、濁りが減りクリアな音質を得やすくると考えられますのでブリッジピンにはうってつけの処理だと思います。


実際に処理が行われたピンを手の上で転がすと、それまでよりも明らかに透き通った「チャリーン」という倍音が増加したような音へと変化しており、ギターに使用してみたところ、反応速度が向上しレンジが広い音にも関わらず、適度な芯を持った気持ちの良い音が得られました。
板がより鳴るようになった感じに近いですね。
懸念されたエボニーの割れも1本もありませんでしたし、大成功でしょう。



【参考音源】
フラットな周波数特性のステレオコンデンサーマイクによるオンマイキング収録。
手の上で1セット(6本)を転がしています。


 -SOUND- 
未処理エボニー
(ブリッジピン)音源
通常の木材特有の暖かさがあります。
まだまだ若い材ですので、水分が抜けきらず細胞の結合具合が進行していません。含有水分による重量と硬度の具合によって振動エネルギーが音に変換されず吸収されてしまっています。
若い楽器がこの状態と言えるでしょう。
Nomal エボニーピン by Sird Lab



 -SOUND- 
ドライエージングエボニー
(ブリッジピン)音源

ドライ材特有の乾いた木の音色です。比較的質量がありながら高音の出る金属や人口素材と比べても軽く反応がとても良いため、音がクリアに開放的に響きます。
音響用材としては素晴らしい特性を有しており、経年変化したヴィンテージは全構成木材がこの状態であると言えます。
Dry Aging エボニーピン by Sird Lab



近年では大量生産に追いつくために長期間にわたる乾燥を行うのは難しくなっているはずです。
今となっては森林伐採で入手困難な材も少なくはなく、争奪戦が繰り広げられている木材も多々ありますね。
木は楽器以外にもふんだんに使われています。
誰でもたくさんある中から良い材を選びたいものですが、これを考えると少々複雑な心境になりますね。低価格の楽器は音楽への入り口を広げてくれますが、どうしてもコストダウンを強いられるため、あまり高い性能を与える事ができません。
そういった事情で壊れたり、楽器としての魅力が薄く破棄されやすい傾向にありますが、木は限りある資源ですから多少手間ひまをかけてでも、しっかりと製造された一生使える良いものは決して高いものではないんだと思います。
しかし・・・高くてもそれだけの経費をかけたものが良いのか、それなりでも手軽に手に入る方が良いのか。
答えの出し難いテーマではありますが、私も常に考えている事であり、資源が少なくなってきた今、これを強く考えなければならない時代になったと言えます。




さて、この乾燥されたエボニーは硬く軽量ですが、少し欠けやすいので、ピン下を斜めに削ってブリッジのホールに入りやすくしましょう。紙やすりで少し削るだけでスッと入りやすく欠けにくくなりますよ。



他にもシトカ、ウォルナット、マホガニー、メイプル、ブビンガと実験材がありますが、これらの材で乾燥実験を施工しました。

実に数年の月日を経てその有効性が証明されています。
結果として、特に材種は選びません。
面白い事に、ドライエイド後は合板ですらも単版のような鳴りに近づく事が確認されています。







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