ご意見やご感想、
問い合わせ等が
ございましたら、
こちらまで。



弦からの振動入力改善策  2007.12.28


生楽器というのは力学的な現象がダイレクトにサウンドという結果で表れる、ある種シビアなものを要求される製作ジャンルです。
如何にして限られたエネルギーを上手く使えるかが重要なテーマとして存在しており、古典楽器等に見られる一種独特の機構を備えた楽器等を見ていると「上手く考えたなぁ・・・」と思う事も少なくありません。
年月をかけ改良に改良を重ねて来たのですから、そこには力学、化学などの学者、演奏家など多種多様な人々が関わり続けて熟成されて来た事でしょう。


昔はピックアップ等の増幅器やイコライザーは存在していませんでしたから、あくまで”純粋な生音”を楽しむにはどういった方法が最善なのかという事を突き詰めていった試行錯誤の上に、ある結論が導き出されて、そして現代の楽器設計が成り立っています。
弦も改善されガットから金属弦が主流になりましたし、その張力に耐えられるように楽器設計自体も進化してきました。もちろん材質的にも様々なものが試され、強度に優れた板材や近年では木製ではないギターも見受けられる時代になってしまいました。


人間が研究を続けて行く限り、これからも新しい技術はどんどん生まれて来ると思います。今後の楽器業界のアイディアも楽しみですね。


さて、今回の実験のテーマですが、”如何にして弦振動を板に効率良く与えるか”という事に目標を定めて進めて行きますので、お付き合い下さい。
まず弦楽器はどんな形であれ「弦」が張られる事を想定しています。
大雑把にギターの弦間を図に起こすと、このような感じになりますね。




さて、このような状態で弦に振動を与えた場合に最も活発に運動するのはAの区間です。
弦はこのA区間で大まかな振動を複雑に発生しますので、A間での運動をどのように決めるかによって実質的な振動パターンがほぼ決定されます。それは弦の太さや硬さであったり、ワウンド線の巻きテンションなど様々な選択肢が存在していますが、ここでの弦の振る舞いを元にどういった特性をギターに与えるかを考え、最終的な出音をイメージしながら弦のキャラクターの大部分を決定します。
少なくとも弦楽器は弦を張って初めて音楽が出来る楽器であって、Aの区間を指で押さえて任意の周波数を出してやるという事から”弦はボディを音階的に振動させる動力源だと言える”でしょう。


アコギ用という規格範疇内の弦において言えば、弦は決められたチューニングとフレットポイントを押さえる事で、ほぼどのようなメーカー製の弦であっても酷く逸脱しない決まった音階を発生させる事が最低限出来るように作られています。
しかしながら実際に手にする様々な弦はその特性に大きく相違が見られ、音量の大小に始まり倍音の出方、サスティーンの長さなど、かなり複雑なカテゴリーに分類する事ができる程特色のあるパーツであり、ギターなどの弦楽器は本体と弦が組み合わされなければ楽器として成立しないという事実から考えると、”楽器の一部”とも考えられます


あくまで振動体という枠組みで考えるならば、より大きな音量を搾り出せる弦、あるいはビンテージギターに見られるような出音の特性を与えた弦というものがあるならば、それはもうギター材に見られる様に語られてもいいものなのかもしれません。


確実に言える事は、ボディは弦によって振動させられているという都合上、弦の振動は音の始まりであって、原音とも言うべき弦の音はボディという一種のフィルターを通ってある程度歪められてから最終的なトータルサウンドとして耳に届いているという事実です。
そのため設計上発生する固有音が弦振動に存在した場合など、良くも悪くもその音をボディがアウトプットしてしまいます。
まさにCDプレーヤーとスピーカーにも似た関係図が成り立ちますね。
入力情報が変われば拡声音が変わるのは当然の結果とも言えるでしょう。
事実、弦自体の特性いかんでボディへの入力がそれまでと大きく異なると、出音はガラリと変わりますので、入力特性は無視出来ない要素として捕らえて下さい。音響機器全般に言えますが、原音は色んな所を経由して行きますので、最後の最後まで音に影響します。
音の下段であれこれと崩れた音をイジるよりも、根本から改善させる事の方が王道であり近道であると言えるでしょうか。


例えばどんなに高価なスピーカーやアンプを持っていたとしても、それでAMラジオ等の低い原音クオリティしか使用しない状態では、その性能を使い切れているとは言い難いと思うのです。
AMラジオの音源クオリティではCDのような出音にはなりえません
DVDなりを鳴らして初めてその真価が発揮される事でしょう。
また、似たところでは車の燃料などもそうで、ハイオク指定のスポーツカーをレギュラーで走らせても一応”走ります”性能の片鱗は見れるのかもしれませんが、”ハイオクほどエンジンが吹けません”。悲しい事に最大出力を得る回転数までエンジンを回せず、ハイオクの時ほどアクセルは踏めずにタイムを出せない事でしょう。ニトロ燃料なら更に出力を絞り出せます。
ある意味楽器を駆動させる弦とは、こういったものと近いものがあります。


振動入力の素性というものは音響物にとって大きなファクターであり、発生源で生まれなかった音は例えボディを通っても生まれてくるものではありません。
つまり、入力という部分は生楽器にとって音量や音質双方を操る事の出来る、かなり重要なポイントという事なのです。そしてボディはサイズ等によってこの振動を増幅し、音質を整形する役割を担っている部分と言えるでしょう。


さて、弦の役割について大まかにご説明しました。
今回の実験のポイントは一般的に市販されている弦に見られる構造的な問題点を修正し、振動ロスを減らす事で伝達効率を理想化するのが目的です。


では、それはどこなのか?


私の経験上、振動をロスしている(遊んでいる)と思うのは、実はボールエンドの接合部なのです。
弦振動はかなり複雑な動きを行うもので、その振動を受け止めるボールエンド部分では三次元的な運動をしており、四方八方に動いていると言っても過言ではありません。


しかし、実際にこの三次元的な運動を受け止めるべきボールエンドと弦の接合部は”わずかな点による線”であり、ボールエンド半円程度の外周にいわば”引っかかっているだけ”です。

この状態で受け止められる弦からの振動方向には限界があり、そのいくらかはこの部分で消費している(遊んでいる)と考えられます。これをどの角度に振動しても良い様に完全に固定する事で振動伝達を理想化する事ができるのです。

ボールエンド部分


では今回の実験に必要な物をご紹介します。
@弦(使用前後は問いません)
Aハンダごて
Bハンダ

注意:
コテは高温になりますので、火傷や火災等には十分注意して下さい。


他にあると良いのはコテを置く台や新聞紙ですね。誤って床や机を焦がしたりしない為に、コテを置く台の下に新聞紙を敷いておくと良いでしょう。


弦はボールエンドに塗装されているものや、コーティングされているものはハンダが乗りませんので、金属むき出しのボールエンドでのみこの調整が可能です。


熱したコテにボールエンドを挿して加熱していきますが、あまり長時間かけてボールエンドを加熱してはいけません。
コテが十分に熱を持ってから始めます。
ボールエンドが焼け始めると今度は弦に熱が伝わってしまって弦が劣化してしまう可能性が否定できないからですが、多少の焼けはハンダの溶解温度との関係もありますので、致し方ないとします。

あくまでハンダを溶かす位までの加熱で十分です。

ここからは手早く溝にハンダを乗せますが、ハンダの種類やボールエンドの種類によって若干接着度合いに違いがあるようです。


すっと溶けて接着するものもあれば、ボールエンド表面でダンゴになってしまうものもありました。ダンゴ状になった場合は弦を手で持って、コテを穴から抜いてダンゴになった部分を直接加熱して溝に流し込みます。
この時、なるべく溝からハンダがはみ出さない様にします。
なぜならボールエンドの外周がデコボコしているとギターに張った際にがたついてしまう可能性があるので、溝意外には極力ハンダを盛らないようにして下さい。
上手くやるとこの様な感じになります。

これで遊びはほぼゼロです。

(接着前)

(接着後)


重さは殆ど無視できるくらいの増加だと思います。
それではこの弦を少し冷ましてからギターに張りますが、
この実験時の掛け合いをご紹介します。


A君「今度は何をしてるの?」

私「ボールエンドの固定だよ。」

A君「もう既にそこは固定されてるじゃないの。不良?」

私「ああ、これは一般的に見れば不良品というより、ごくごく普通の状態だね。輪っかに糸が引っかかっているだけという感じ。」

A君「・・・?(だから何だという顔)」

私「ボールエンドを折ると音量が増えるというテクニックがあるでしょ?これはあれの応用編。」

A君「へぇ〜、で、折るのとどう違うわけ?」

私「折った方が早いけど、細い弦だと良く切れるでしょ?これは原則として切れるという事が無いのね。他にも完全固定は物理的に・・・(説明中)。」

A君「ほ〜、なるほどね。」

私「はい、じゃちょっと弾いてみて。」

〜A君試奏中〜

A君「音量は少し増えたと思う。しかも強く弾いた時の暴れが少ない感じ、なんかこう出音は腰が据わったようなシッカリ感が出た様な気がするけど。ホラ。」
「ジャキーン!」


では今回の調整によって一体何が起きたのでしょうか?
これについて核心的な部分を、もう少しご説明します。




先に弦の振動はA区間で大まかに
決定されるとご説明しましたが、A区間以外にもサドルやナットを過ぎて弦が固定されるまでのBとCの区間が存在します。
弦はA区間の両端にあるナットとサドルで大半のエネルギーを費やしますが、一見するとあまり関係ないように見えるこの部分も、振動しているポイントです。弦が揺れている時に触ると分かりますが、若干音が止まってしまうような感覚を覚えると思います。
これは、A区間で発生させたエネルギー”X”はサドルやナット間部分で全て消費される訳ではなく、BとC間にも伝達(漏れ)しており、弦はその全ての部分が機能しています


では、BとC区間はギターにとってどういった意味を持つのでしょうか。
ここから本題に入りますが、実は振動発生源というAB&Cではその求められる役割がまるで違うのです。もう少し厳密に書くと、ペグとボールエンド(ブリッジピン)がまず”固定”という重要な役割を担っています。


誰でもこれらペグとボールエンド(ブリッジピン)によって弦を固定されているというのは分かると思いますが、どれほど重要な部分かと言いますと、動作させる機械というものには大原則として大きく分けて2つの異なった性能が求められ、楽器から音が出るのは物理的な現象ですから構造基礎として例外無くこの理論は生きてきます。
一つは”無負荷”、もう一つが”抵抗”で、これらは共に∞(無限大)の値に近くなればなるほど、こういったシンプルな稼動部へのメリットは生まれやすいのです。
この場合ですとAが稼動部でBとCは固定部という事になりますが、固定のしっかりした状態をボールの跳躍に例えてみます。




この図は分かりやすくボールの運動に例えたものですので、ボールを弦、地盤をペグやボールエンドに置き換えて見られて下さい。上図では全く同じボールを同じ高さから落としたものという設定ですが、違うのは地盤の硬さ(安定感)のみです。
たとえ同じ素材に同じエネルギーを与えても、この様に発生したエネルギーポテンシャルを効率良く使えるかどうかという部分に違いが生まれてしまうのです。固定部分の出来の良さによって弦はどれだけ正しく振動できるかという要素が決まってしまい、遊びの多い固定ではいくらかのエネルギーを捨てて減衰してしまうという現象が発生します。
たとえ芯線や巻き線の設計が良く出来たもの(良く弾むボール)であっても、遊びのある固定部(ぬかるんだ地面)ではあまり良く跳ねないという事ですね。


つまり、弦楽器において”生音の出力と倍音の正確さは、まず稼動部と固定部の性能特性から弾き出される”と言っても過言ではありません。
そしてその機構は下記の要素によって成り立つという図式になります。


入力エネルギー
弦の追従性%(入力エネルギーに対しての入力許容量、サドルナット含む)
ボディの追従性%(弦入力に対しての入力許容量、サドルナット含む)


実際はもう少し複雑かと思いすが、上から順に出力や音質が決定されていくと考えられます。
これを順序立てて考えると、弦を弾く力が全ての発端である始まりで、弦はそのエネルギーをどの程度破綻せずに受け止められるのか?までが第一ポイント
もちろん、弦の出来次第では同じ力で弾いたとしても余裕で正しい音程を刻めるものもあれば、倍音(音程)に破綻を来たす弦もまた存在します。この場合前者は入力追従性が良好なので弱い音から強い音まで表現力が良好であり、小さい入力エネルギーでも軽くボディをドライブしやすいというメリットを持ちます。
そしてその振動はボディへと伝わってゆくのです。
ボディは弦からエネルギーを受け取り振動する第二のポイントですから、この部分の追従性(効率)は下手をすれば弦の振動を抑えてしまう事もありますし、弦の振動に忠実にシンクロする固体も存在します。
しかし、面白い事にある程度効率の悪いギターであっても弦の振動効率が優秀だった場合は、弦がボディを半ば強引に大きく振幅させるため、ボディは弦につられて更に動き出し、結果として音程感や音量を稼げるという形になります。
これは音のキャラクター云々以前に”振動体としてレベルが高い”という事を指しています。


断言しましょう。
どんなギターに張っても”良い”と思える弦(振動体)は本物です。



つまり弦の大まかな基本性能のベクトルさえ合っていれば、どんなギターに張ってあってもその恩恵は享受できるはずなのです。そしてそれは個々にある音質的な癖に囚われない普遍的なもの・・・すなわち効率であると言えるでしょう。
たとえその時癖のある音が混じっていたとしても、それを支えるバックグラウンドにこういったものが光っていると、不思議と受け入れてしまう力があります。


ギターは受動的な、いわば一種の機械です。
誰かが弾いてやらなければ音楽にはなりませんし、そこに求められる性能は
”限られたエネルギーを如何にして無駄にせず音にするか”という効率を追い求める挑戦が弦楽器における音の進歩であるように感じています。


ウェバリーのように軸を完全に固定した精密で軽いペグに変えるとか、あるいはブリッジピンをブリッジにしっかり根元まで挿して固定するというのは全て入力ロスを減らすうえで重要な事であるという認識を持っています。
楽器の場合はこのような力学的観点による性能プラス”音質的キャラクター”というものが存在するため、所定の希望に合わせた応力バランスが必要ですが、これら稼動部のロス低減や固定がしっかりして、始めて最大限に活用できる応用となります。


今回の固定方法はボールエンドがこのような機構で固定されているもの全般に応用可能です。ベースでも良いでしょうし、バイオリンでも良いでしょう。
いくつか楽器をお持ちの方は試されてみて下さいね。








inserted by FC2 system